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旅行の話

インド⑫ ムンバイ 帰る

明日書く

(10/8 遅くなっちゃったけどちゃんと書きます)

キーマカレー、の店のマトンカレーを食べて、荷物を取りにホテルに戻る。

「ん?ナメられてるかも」エピソードが一つあるが、このホテルの朝食会場で真田広之似の無印良品愛用サムライから教えてもらったのは、自分が堂々としていれば関係ないということだった。

案内係のお兄さんに、空港までのタクシーの相場を聞く。

ホテルの車は高いけど、インド門にたくさんいるタクシーなら1500ルピーくらいだという、言ってくれればタクシーまで一緒に行って値段交渉するよって(いいやつ)

一人でリュック背負って通りに出ると、道の反対側でたむろしていたドライバーたちに声をかけられるが無視して、通りかかったタクシーに止まってもらう。

「エアポートオーケー?」「オーケーオーケー」「ハウマッチ?」「エイトハンドレット」「エイトハンドレット?レアリー?」「オーケーカモン」

相場は1500だというのに800はおかしい、マネーノープロブレムおじさんを信じてはいけない(インド③参照)、とわかっているはずなのに、800で行けたらラッキーと思って乗る。

(ここから先のグダグダは、インドあるあるだと思うので短めにまとめます)

まず走り始めると100mも行かずに止まる。タバコ吸うとか言って外に出る。もうなんかめんどくさいので荷物をまとめていつでも降りる気分。外に出たらすぐにどこからか運転手が戻ってきて、よし行こう!とのこと、タバコの残りは車内で吸う。エアコンのスイッチはあるけど壊れているのか、エアコン付けずに窓を全開にしている。それ自体は夜で涼しいからいいのだけど。車はムンバイでよく見る、古いマーチみたいなヒュンダイ製のタクシー。走り始めると、何日いたの?ムンバイはどこ行った?とかいろいろ聞いてくる。まじめに1つひとつ答える。「どこから来たの?ネパール?」って聞かれて、えっネパール!?チャイナじゃなくて!?とびっくりしつつ「ジャパン~」と答えると、運転手が黙ってしまう。なんかマズいこと言ったかなあとふと思ったが、どうせ日本人ならもっと高い金額言っときゃよかったとかそんなとこだろう。その後しばらく会話はなかった。信用できないなあと思い、Google mapを見ながら乗ることにした。車はマリーンドライブ沿いを走る。昼間訪れたけど、夜もきれい。ムンバイの有名観光地の一つ。昼は海沿いをレイバンのグラサン掛けて肩で風切り歩くのさアールデコのアパートを見て、アイスクリームを食べたのだった。

高層ビル群が見える

ムンバイ等間隔

日傘をさしてまで座って語り合いたい場所。タクシー運転手「ユーノーマリーンドライブ?」→「イェアアイノーアイノー。ディスイズマリーンドライブな」(注:文末のnaというのはisn't it?的な意味のインド英語だが、おれはすっかりインド人と話すとき~naと付けるようになってしまった。多分ヒンディー語と日本語の語順が一緒なのでインド英語がすんなり入ってきちまったのだと思う)→「オー、ユーノー、ベリベリビューティホーな?」みたいなやり取りののち、車を止める。降りろ降りろ!というので降りて写真を撮る。運転手は近くのタクシードライバーとおしゃべりをしている。

人が多い!びっくり 等間隔というより密

夜もきれい、連れてきてくれてありがとな

ちょっと写真撮って車に戻る。運転手は遅れて戻ってきて、まだタバコ吸いたそう。走り始めると、なにやらプロブレムが生じたとか言い始める。ああ、はい。渋滞で夜遅くなっちゃうんだとか言ってる。おれは家がこっちの方だから戻ってこなきゃいけないと。そんなの最初から知ってるだろうが、などと言ったところで意味はないので、そうなんだ、とかなんとか言って聞き流す。相手はなにか不満そう。段々道が混んできて車も遅くなってくる。窓が開いているから渋滞は特に排気ガスが入ってくる。運転手はずっとしんどそうな咳をしているが、感染症が気になるというよりは、そりゃあタバコ吸って窓開けて排気ガス吸ってたらしんどいだろうと思う。マリーンドライブの先には、ガネーシャ祭りで奉納?ガネーシャ像を海に沈める浜があって、イベント会場のように整備されているのが車から見えた。「ガネーシャフェスティバルな?」と運転手に話しかけると、運転手はおめえよく知ってんな~と言って、また色々しゃべってくるようになった。これはインドの大富豪の豪邸だ、あっちに行けば水上モスクがある、とかなんとか。「オーケーオーケーネクストタイムな?」とかなんとか返しておく。途中、シャールクカーンの家はムンバイにあると聞いたけど空港から近い?と聞くと、30分くらいだから行けるぞ、とのことだったが、またもめそうだな、渋滞してたらいやだなと思ったのでやめておく。ネクストタイムアイゴーシャールクカーンズハウス。途中、チャイのスタンドのようなところでまた止まる。水を買ってきていいか?お前もいるか?と聞かれる。買ってきていいよ、いらないよと答える。買って戻ってきて、水をガブ飲みするが、車は動かさない。「渋滞しているし、コラバまで帰んなきゃいけないから,800じゃ割に合わない、1200にしろ」という。もうおれは疲れていて、夜景を見ながらインド帰っちゃうの残念だな~という感傷にひたることもできずに、680円の値段交渉で車を止められている。1200だって、ホテルで聞いた相場の1500よりは安い。「オーケーオーケー。ワンサウザンドトゥーハンドレッド。ディスイズファイナルプライスな?」ということで先に進んでもらう。

さっき遠くから眺めていた高層ビル群が近づいた。このあたりから雨が降り始めるけど窓は閉めないらしい。そういえばアーメダバードで逆走した運転手のリキシャは、ワイパー壊れててスコールの中で全く前見えずに走ってたな。陸に沿って伸びる新しくできたばかりの橋に着くと、渋滞もなくなって快適。

こんな長い橋を渋滞解消のために作って、インドの国旗色にライトアップするところも、それっぽい。橋が終わるとまた街中に入って、道が混んでくる。運転手がまたしゃべり始める、今日は6時に起きたんだとか。コラバまで戻ると1時間以上かかるなあ。意図はわかっているので、あーそうなんだ、DRIVE SAFELYな?とかなんとか言って流しておく。このあたりから外をリキシャが走っているのが見える。ムンバイの中心部は混雑防止のためリキシャは入れないとどこかで読んだが、ここまで来たらリキシャなんだなと思った。陸橋を降りたところで、運転手が車を止める。「おれはもう眠いんだ。コラバに帰る。あそこにリキシャがいるからアレに乗れ。」「ゴートゥーエアポート」「ノーノ―スリーピーよ」「1500ファイナルファイナルプライスな?」「オーケー」ということで走り始める。最初に値段を決めたのに2回も値上げするタクシー、買ったらまず封が開いていないか確認しなきゃいけないミネラルウォーター、キャッシングの銀行固定レートで40万円ぼったくろうとしてくるATM、みたいなストレスが一切ない国で生活するってすごいんだなと感じる。空港が近づいてくると運転手がまた機嫌よさそうにしゃべり始める。あれはハイアットだ、マリオットホテルだ、等々。おれの名前はカーンだ、シャールクカーンの兄弟なんだ、ガハハハハ。今度ムンバイ来るときはこの番号に電話しろ、とかなんとか。聞き流しながら、自分の倍くらいの年の人が、数百円を上乗せするためにあの手この手でゴネてくること、冷房を付けられずに毎日渋滞のなか排気ガスを吸い、タバコも吸って、苦しそうな咳をしてこれからもこの街で生きていくこと、などについて考える。それがムンバイの最後の思い出になってしまうんだな、とか思いながら、空港に着く。なんか数年前の若手女優みたいだな、こんなことわざわざインドに来て考えなくてもいいのに、と思った。 広瀬すず、“スタッフ軽視”発言を謝罪「軽率な発言がありました」 | ORICON NEWS

(タクシーの話おわり)

ムンバイ空港も立派でした。

↓ この記事の下の方に工事中の写真もあった

mag.tecture.jp

広いターミナルの中を鳩が飛んでいる。無事に出られるだろうか。出国審査をくぐったあたりにも鳩が2羽いて、そいつらはフードコートでごはんをつまんだり、低いところを飛んで人間を驚かせたり、慣れているようだった。

免税店に来て、そういえば紅茶ほしいな~と思う。市内で買ったのは、インド料理屋で出てくるステンレス食器3点と、タージマハルティーというユニリーバ製?のチャイくらいだった。

ダージリン的なのがほしい、マカイバリってなんか聞いたことあるな、これにしよっかな?値段こんなもんか(900くらいだった気がする)。と思ったが一応調べてみると、公式サイトで160くらいで売ってる。ぼったくりすぎ、だから免税店にお客さんいないんだ、と思った。

「これ街中で買うよりだいぶ高いよね?でも日本で買うよりはきっと安いんだよね・・・」と店員の男の子に言うと、店員は「そうだね、街中より高いけど、日本よりは安いね・・・」と言って、お互いにウケてる。

結局サンチャとかいうやつを買う。マカイバリの木箱はちょっと見たくないものが見えてしまったので。バイ・スリー・ゲット・ワン・フリーに釣られ、結局4つも買うことに・・・

シャワーを浴びるためカード会員の安ラウンジに行こうとするが、あまり入りたくない雰囲気だったのでやめた

空港の書店にはIKIGAIという本がベストセラーとして並んでいる。1頁も読んでいないけれど、IKIGAIという言葉が日本特有なのだとしたらそれは決して良いことではなく、日本人が「生きがい」の有無を気にしなきゃいけないような環境で生きているから、そんな言葉知らない方が幸せでは、という気がしてしまう

ikigai

スタバでパンプキン・スパイス・ラテを飲む、緑色のベジタリアンマークがついている。

外国のスターバックスで名前を聞かれたとき、どうせ伝わらないから有名な日本語の名前を言うという人がいたので、インド市場で4割を占める自動車会社の名前を言ってみる。

SUZIKI

おいしかった!

シンガポールの空港にて、成田行きを待つ日本人を見ながら、インド人しかいないIndigoアーメダバード行に乗ったとき・・・もうF1見て満足したし一人で旅行するのも疲れてきたから帰りたいな、休み長いと帰って仕事に復帰するのがつらいし、旅行したって東京で向き合わなきゃいけない現実は変わらないし、と思っていた。

(↓やべ~また話ずれちゃった。お恥ずかしいので文字を小さくします)

日本に帰ったら鈴鹿サーキットに行くのだけれど、果たしてインドでおなか壊さずに無事に行けるか?(ファーストフードチェーン店縛りしようとしてたのはそのため)、疲れちゃって行けないんじゃないか? いや、それよりも深刻なのは、この先いつまで一人で生きていける? サーキットには、家族連れ、カップル、男友達、などが来るが、4,50代以上のおそらく独身で一家言ありそうな男性方も多く、そういう人たちがレース後にシャトルバスの大行列を避けて徒歩30分以上の平田町駅まですごい勢いで一人歩いていく… そういうのを見ると、おれにそこまでの熱量が残っているだろうか?とかいろいろ考えてしまう。でもそれを他人の言葉で一括りされるのは気に食わない、中年の危機、クオーターライフクライシス、などなど、なんでもクライシスってつけてりゃいいと思ってんじゃね~~よという気分になる

高校生のときに読んだ『彼岸過迄集英社文庫版の解説に、漱石の主人公たちの行きつく先は旅か自メ木几又と書いてあって、へぇ~そうなんだと思った記憶があった・・・が、そのことを思い出して文庫をもう一度見てみると、「この堂々巡りから脱するには道草を待たねばならない、そして明暗へ…」と書いてあった。働き始めてから、行人、道草、明暗あたりを読んでみると、おれにとってとても身近なことで葛藤している人たちがいた。それを知ることができてよかった。解決ではなくても、自分で自分の首をしめる必要はないと言われた気分。

(おわり)

のだけれど、インドの4日間はとても楽しかった。また来たいかというとうーんて感じだけど、多分また来るんだろうな、シャールクカーンのおうちも行ってないし。

行く前にGoogle map で目星をつけていく旅行は、なんだかスタンプラリーのような気分で後ろめたいところがあった。

ネットで拾って壁紙にしていた場所がどこなのか調べて、いつか行こうと心に決めて、大学生になって一人でシカゴに行ってそこで写真を撮ったとき、ああこうやって行きたいとこリストはどんどん減っていくんだなと寂しく感じたのだが、それから行きたいとこリストは増えるばかりだった。

右のビルのトランプは、あのトランプです

スタンプラリー的な弾丸旅行であっても、チェックポイントの間で見つかるものもあるし、行けなかった場所もあるし、行きたい場所はまた増えるし。この先もそうなんだろうなと思った。

5000字とこれまでで一番長い記事をしめるにあたって、好きな本からの引用に頼るのはダサい(そういやこないだ30代の見知らぬ男性のブログを読んでいたら、最後が失恋ソングの歌詞でシメられているのに引いてしまって、自分が30代になったら失恋ソングの歌詞でブログを〆るようなことだけはしないようにしよう、と思った)んだけど・・・まあいいや

 

 アイリッシュ・ウィスキーも同じだ。どこかでジェイムソンやタラモア・デューを口にするたびに、アイルランドの小さな町で入ったいろんなパブのことを思い出す。そこにあった親密な空気と、人々の顔が頭の中によみがえってくる。そして僕の手の中で、ウィスキーは静かに微笑みはじめる。
 旅行というのはいいものだなと、そういうときにあらためて思う。人の心の中にしか残らないもの、だからこそ何よりも貴重なものを、旅は僕らに与えてくれる。そのときには気づかなくても、あとでそれと知ることになるものを。もしそうでなかったら、いったい誰が旅行なんかするだろう?

――村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』

ここまで書いといて、まだ帰らない。香港に行ってきました。